大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所 昭和34年(行)7号 判決 1963年3月25日

原告 山口忠重 外二三〇名

被告 福島県

主文

被告は原告らに対し、それぞれ別紙一、二の請求金額内訳中給料および暫定手当各欄記載の金員ならびに右金員に対する昭和三四年三月二二日からその支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

各原告らと被告との間に生じた訴訟費用はそれぞれこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を各原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告らに対し、それぞれ別紙一、二の請求金額欄記載の金員およびこれに対する昭和三四年三月二二日からその支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因および被告の抗弁に対する答弁および再抗弁として、

一、(請求の原因)

1. 別紙一記載の原告らは、いずれも別紙一の勤務校欄記載の福島県立各高等学校の教職員であり(ただし番号119小林八郎については事務職員。また番号79飯沢おき子は昭和三四年四月三〇日番号199安原吉四郎は同年三月三一日にそれぞれ退職した。)、別紙二記載の原告らは、いずれも別紙二の勤務校欄記載の福島県下の市町村立小・中学校の教員であつて、その給与(給料および暫定手当を総称していう。)ならびに勤勉手当は、市町村立学校職員給与負担法第一条により被告が負担するものである。そして昭和三四年二月または三月当時における原告らの給与は、別紙一、二の二(三)月分の給料・暫定手当欄記載の各金額であつて、毎月二一日にその月分が支給され、またその勤勉手当は、毎年六月一五日と一二月一五日の二回に支給されることになつていた。(以下毎年一二月一五日に支給される勤勉手当を後期勤勉手当という。)

2. ところで被告は、原告らに対し昭和三四年二月分の給与を同月二一日支給するにあたり、原告らの給与から別紙紙一、二の請求金額欄記載の各金額(以下減額分という。)をそれぞれ差引き(ただし別紙二の原告らに対する減額分のうち別紙二の請求金額内訳中勤勉手当欄記載の金額については、同年三月二一日支給の該月分給与からそれぞれ差引き)、その残額のみを支給し、今日まで右減額分を支払わない。

3. そこで原告らは被告に対し、右減額分およびこれに対する最後の支給日の翌日である昭和三四年三月二二日からその支払ずみまで民法所定の利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、(被告の抗弁に対する答弁およびこれに対する再抗弁)

1. 被告主張の抗弁事実中、原告らがいずれも昭和三三年九月中全一日または一定時間にわたつて勤務しなかつたこと、右勤務しなかつた期間につき、被告援用の各条例の規定を適用して原告らの給与等から減額すべき金額を算出するときは、別紙一、二の請求金額欄記載の金額になること、昭和三三年九月当時給与の支給日が同月二一日であり、後期勤勉手当の支給日が同年一二月一五日であり、原告らが右各支給日に、前記減額相当額を含めた昭和三三年九月分給与および同年後期勤勉手当につきその全額の支給をうけたこと、およびその後被告が原告らに対し減額するべき金額を通知して返納を求めたこと、ならびに別紙一記載の原告らに対しては所属学校長を通じ、別紙二記載の原告らに対しては、所轄県教育委員会出張所長を通じ、それぞれ減額するべき旨を予告したことはいずれもこれを認めるが、その余の事実は否認する。

2. 労働基準法第二四条第一項は、使用者が労働者に対して有する債権をもつて、労働者の有する賃金債権と相殺することを絶対的に禁止し、同項但書の場合を除くほか賃金の全額払を命じ、僅かに該但書後段の場合のみにつき賃金の一部控除をなしうるものであるところ、被告と原告らの間には、賃金控除に関する協定もなく、また被告援用の各条例の条項は、右但書後段にいう法令に別段の定めがある場合にも該当しない。また右条例の規定は、いずれも給与に関するものであつて、勤勉手当の控除についての規定を含まず、勤勉手当の支給額に関する条例(第九号)第一七条の二ならびに「期末手当及び勤勉手当の支給について」(昭和三一年六月七日三一教財第一四六号教育長通達)の各規定は、いずれもその減額についての規定を欠くことが明らかである。従つて前記各条例等の規定が存することをもつて被告のなした本件減額措置の正当性を主張することは失当である。

3. 被告は本件の如き給与等の減額措置を過払金の調整であつて適法である旨主張するけれども、右調整の許容される場合は、支給ずみの給与等につき明らかな違算があり、これが返戻について当事者間に争いがない場合にのみ限られるべきであるところ、原告らは本訴請求にあたつて、いわゆる争点単純化の目的から、いわゆる職場離脱行為の適法性の主張を撤回したものであつて減額分の返戻については原・被告間に争いがある場合に該当する次第である。従つて被告のなした本件減額措置は単純な調整の範囲を超え、その過払給与等返還請求権を自働債権とし、原告らの減額分給与請求権を受働債権としてなした相殺であつて右措置は前述のとおり労働基準法第二四条第一項に違反し、無効である。

かように述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は「原告らの請求はいずれも棄却する。」との判決を求め、原告ら主張の請求の原因事実を全部認めると述べ、抗弁および原告らの再抗弁に対する答弁として、

一、被告が原告らに支給するべき昭和三四年二、三月分の各給与の一部(減額分)を支払わなかつたのは、つぎの理由に基ずくのである。

すなわち、原告らは別紙一、二の職場離脱欄記載のとおり、いずれも平常勤務日である昭和三三年九月五日から一五日までの間に一定期間勤務をしなかつたものであるところ、福島県立学校教職員に適用される福島県条例第九号「職員の給与に関する条例」第一二条第一六条および福島県下の市町村立学校教員に適用される同県条例第五六号「福島県市町村立学校職員の給与等に関する条例」第九条によれば、福島県下の県立または市町村立学校教職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき任命権者の承認があつた場合を除くほかその勤務しない一時間につき、給料の月額に一二を乗じ、その額を一週間の勤務時間に五二を乗じたもので除した額を減額した給与を支給する定めであるから、前記のとおり原告らが勤務しない期間に対応する給与および勤勉手当(別紙一、二の請求金額欄記載の金額)については、同年九月二一日支給する給与および同年一二月一五日支給する後期勤勉手当から当然減額し、残額を支給するべきであつたが、当時勤務しなかつた者は数十校の多数にわたる数百名の多数に及んでいたため、計算その他の減額事務が間にあわなかつたので、とりあえずこれらを減額しないままの金額を支給しておいた次第であつて、減額分はいわゆる過払であつた。そこで被告は、昭和三四年二月分または三月分の給与を各月二一日に支給するにあたり、右過払金額を減額して清算のうえ、その残額を支払つたのであるから、原告らの同年二月分または三月分の給与については、その全額を支給ずみである筋合である。なお被告は昭和三四年二月二一日以前、原告らに対し、所轄県教育委員会出張所長もしくは所属学校長を通じ、前述のとおり、支給ずみの昭和三三年九月分給与および同年後期勤勉手当中には減額分に相当する過払があるからこれを返納すべき旨ならびに返納しない場合には、これを減額する旨それぞれ通知をなしておいた次第である。

さらに福島県財務規則第五〇条によれば、被告は原告らに対する過払金を戻入れしなければならない義務を課せられているのであるから、法令によつて原告らに対する右過払金の返還請求権を行使するべきことを義務づけられているものである。

以上のとおり、前掲県条例および規則の規定は、労働基準法第二四条第一項但書後段にいう法令に別段の定めがある場合に該当するから、被告のなした本件減額措置は適法である。

二、かりに被告のなした本件減額措置が、労働基準法第二四条第一項に違反するとしても、原告らの本件職場離脱行為は、いわゆる勤務評定反対のための統一行動であつて、地方公務員法第三七条第一項所定の争議行為に該当するから、同条第二項により原告らはその行為の開始とともに被告に対し法令等に基ずき保有する任命上または雇用上の権利をもつて対抗することができなくなるものであつて、ここに雇用上の権利中には右労働基準法上の権利も含まれ、また右対抗不能の規定は、争議行為と相当因果関係を有するすべての場合に適用されるのであるから、原告らは被告のなした本件減額措置についても、前記労働基準法第二四条第一項本文を主張して対抗することはできない。

三、以上いずれも理由がないとしても、本件減額措置は賃金相互間の調整であつて、この種調整は労働基準法第二四条第一項に違反しない所である。けだし右条項の趣意は労働者の継続的賃金収入を確保し、その生活の安定を期するにあるから、この目的を阻害せず、かつ賃金受給事務を簡素化する目的にも資する調整は、当然右条項の禁止するところではない。すなわち本件減額措置は、該減額措置をうけるべき原告らが全県下にまたがる多数校に属する多数者であつたために、被告において過払金返還請求権取得後数か月を経てなしたものであつて、その際被告は前述のとおり予め返納を求め、かつ減額措置をとる旨予告してなしたものであり、その額も番号1山口、2渋谷、3小島、4瀬戸、231吉田の五名の原告を除いては、その月の給与の七ないし八パーセント程度であり、右五名の原告についても僅少額であるから、以上の点を併せ考えると、本件減額措置は、なお前記賃金の調整たるの性質を失わないというべきである。

かように述べた。

(証拠省略)

理由

一、まず原告ら主張の請求原因の当否について考えるのに、その主張の請求の原因事実については、いずれも当事者間に争いがない。右事実によれば、被告は原告らに対し、一応別紙一、二の請求金額欄記載の金員およびこれに対する最後の支給日の翌日である昭和三四年三月二二日からその支払ずみまで民法所定の利率である年五分の割合による金員を支払わなければならない筋合である。

二、そこで被告の抗弁について判断する。

1. 原告らが別紙一、二の職場離脱欄記載のとおり、昭和三三年九月五日から一五日までの間に全一日または一定時間にわたつて勤務しなかつたが、右勤務しなかつた期間について被告援用の各条例の規定を適用して減額すべき金額を算出すれば、別紙一、二の請求金額欄記載の金額になること、昭和三三年九月分の給与の支給日は同月二一日であり、同年後期勤勉手当の支給日は同年一二月一五日であつて、原告らは右各支給日に前記減額分を含む各金額の支払をうけたので、右九月分給与および後期勤勉手当は、各支給日に全額支給ずみであること、その後本件減額措置以前に被告は原告らに対し、所轄県教育委員会出張所長もしくは所属学校長を通じ、右過払分の返納方を求め、さらに該返納に応じないときは減額措置に及ぶ旨を予告したことはいずれも当事者間に争いがなく、証人伊東徳祐の証言および弁論の全趣旨に徴すれば、右のとおり勤務しなかつたために減額措置をうけるべき者は福島県下の小・中学校および高等学校中数十校にわたり数百名に達する多数であつたことを認めることができる。

ところで原告らはいずれも地方公務員であり、その給与等の支払債務は被告において負担することは当事者間に争いがないので、原告らに対する給与の支給に関しては労働基準法第二四条第一項本文所定の賃金全額払の原則が適用されるところ、被告は本件減額措置は同項但書所定の法令に別段の定めがある場合にあたると主張し、福島県条例および福島県財務規則の各条項を援用するけれども、別紙二記載の原告らに適用すべき福島県市町村立学校職員の給与等に関する条例(第五六号)第九条には「給与の減額勤務一時間当りの給与額の算出(中略)については、県立学校職員の例によるものとする。」とあり、これにより原告ら全部に適用すべき職員の給与に関する条例(第九号)第一二条には「職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつ任命権者の承認があつた場合を除くほかその勤務しない一時間につき、第一六条に規定する勤務一時間当りの給与額を減額した給与を支給する。」とあり、第一六条には「勤務一時間当りの給与額は給料の月額に一二を乗じ、その額を一週間の勤務時間に五二を乗じたもので除した額とする。」と規定し、給与の減額の事由とその基準を定めているだけであつて、その減額すべき額をその後の給与期間の給与から減額することができるかどうか、すなわち給与の一部控除の能否についてはふれるところがなく、また福島県財務規則第五〇条の規定も、過払金を支出した場合につき、これを支出した経費の定額に戻入れしなければならない旨を定めたにすぎず、その戻入をその後の給与から控除してなすことができるか否かの点についてはなんら触れるところがないから、結局右各条規は、いずれも労働基準法第二四条第一項但書後段にいう法令に別段の定めがある場合に該当しないものといわなければならない。

2. つぎに被告の地方公務員法第三七条を援用する主張について当裁判所の判断を示すのに、(弁論の全趣旨によれば本件事案につき原告らが勤務しなかつた点につきこれを同条所定の争議行為と解すべきか否かの点について当事者間に争いがないとはいえないのであるが、前記のとおり原告らにおいて争点単純化の目的から、その主張を撤回したので、争議行為に該当するか否かの点については判断しないこととする。)同条所定の任命上又は雇用上の権利とは、職員が任命または雇用されていることに基ずいて有する権利すなわち職員たる身分を有することの権利を指称し、この権利をもつて対抗することができないとは、職員が分限上の身分保障を失い、または免職等の懲戒処分をうけてもやむをえない趣旨であつて、右権利から派生する給与請求権等までを失うものではないと解するのが相当である。従つてこの点に関する被告の抗弁は排斥を免がれない。

そこですすんで、賃金につき過払を生じた場合、これを後の賃金から調整しうるか否かの点について検討する。

労働者の賃金は、労働者の生活を支える重要な財源で、日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすることは労働政策上きわめて必要であり、さればこそ労働基準法第二四条第一項は、賃金につき直接全額払の原則を定め、労働者保護の徹底を期しているのであつて、賃金の一部控除は同項但書の場合を除き一般に許されないものと解するのが相当である。

しかし賃金支給事務は(一)元来計数に関する複雑にして技術的事務であるから、往々違算の結果過払をなす場合も生ずるほか、勤務をしないために労働者において賃金請求権を有しない場合であるのに、使用者においてその過誤により過払をしたり或いは計算未了等の事情から一時暫定的に支給額を定めて給付する場合もこれなしとしないこと(二)本件の如く給料が毎月二一日に支給されるような場合即ち給料が一部前払制になつている場合支給後賃金控除の原因が発生することも避けられない。

以上のような場合にその月分に生じた控除分はその翌月以降の賃金より差引く外ないのであつてかゝる場合使用者に翌月以降の賃金より一方的に過払金を差引くことを認めることが必要であり前記条項はかゝる使用者の権利行使(以下調整的相殺という)をも禁止する趣旨とは認められない。もつとも右調整的相殺は、過払金返還請求権を自働債権とし、その後の賃金を受働債権としてなす相殺であつて、その行使により月額給与を基準として諸般の生活設計をする月給労働者は平常月の生活設計の変更を余儀なくされる結果を招くおそれがあるので、その行使の方法および期間、ならびに控除しうべき金額等の諸点について特に厳格な制限の下にのみ、その行使が許容されるものと解するのが相当である。即ちこれが権利行使に当つては過払の事実が生じた月に接着した期間に返還の請求又はその予告をなした場合に限りかつ控除しうる金額は労働者の給料生活の安定を阻害しない限度の数額に止めらるべきであると解する。

しかるところ当事者間に争のない事実に証人伊東徳裕の証言を総合すれば本件は原告らが勤務しないため賃金請求権を有しない場合であるのに使用者たる被告において過誤により過払をしたと認むべき案件に属するところ、被告は昭和三四年一月一五、六日から二〇日頃までの間に原告らに対し前記過払金の返納方を求め、かつこれに応じなければ翌月分給与から減額するべき旨を通知したことが認められるから、被告が原告らに対して有する原告らの昭和三三年九月分給与中の過払金返還請求権については、その発生時から約四カ月経過して始めて減額するべき旨の予告に及んだものであり、他方被告が原告らに対して有する原告らの後期勤勉手当中の過払金返還請求権の発生時から起算すれば、右通知はその翌月なされたものであることが明らかである。従つて、被告のなした本件減額措置中、別紙一、二の請求金額内訳中給料・暫定手当各欄記載の金員についての減額措置は、調整的相殺には属しない違法のものであるが右内訳中勤勉手当欄記載の金員についての減額措置は前示のとおりその額(即ち控除額は原告らの給料生活の安定を阻害するものでないと認められる。)および行使の方法等諸般の事情を併せ考えると、適法な調整的相殺に属するものと認める。そこで前者については被告の抗弁を排斥し、後者についてはその抗弁は理由があるものといわなければならない。

そうすると、原告らの本訴請求中別紙一、二の請求金額内訳中給料および暫定手当各欄記載の金員を合算した金額ならびにこれに対する昭和三四年三月二二日からその支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める部分はいずれも正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、なお仮執行の宣言を付するのは相当でないから、この申立を却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 大政正一 薦田茂正)

(別紙一、二省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例